核抑止と比較した知財の抑止力

以前の記事なぜ知財権を取得すべきなのかでは、知財権の排他的効力に基づく抑止力をゲーム理論で説明しました。

この抑止力は軍拡競争における核抑止とどこか似ていますので、以下考察してみます。

1. 軍拡(核抑止)ゲーム

まず、国家間の紛争を単純化したゲームを見てみましょう。

軍拡(核抑止)ゲーム Fig.1

このモデルは冷戦期の米ソのような二大核保有国を抽象化して核による抑止を考察したもので、相互確証破壊(MAD; 対立する2つの核大国の一方が、他方に対し先制核攻撃をした場合、被攻撃国の破壊を免れた残存核戦力によって確実に報復できる能力を保証する態勢)を前提としています。

このモデルでは、まずプレイヤーAが先制攻撃(通常兵器等による侵攻)を検討します。

プレイヤーBは、それに対して通常反撃、限定核反撃、MAD発動などの選択肢がありますが、ここでは議論を単純化するため、「反撃しない」か「最終的に相互確証破壊(MAD)に至る反撃を行う」かの二択の選択することとします。

これを、バックワードインダクション(最終的な結末から逆算して最適な行動を決定する)で解くと、以下のようになります。

軍拡(核抑止)ゲーム Fig.2

Aから先制攻撃を受けたBは「MAD発動(核のボタンを押して共に滅亡する:-∞)」か、「反撃しない(大きなダメージを負うが国は存続する:-200)」を迫られます。合理的に数字だけを比較すれば、-200 > -∞ です。つまり、Bは合理的に「反撃しない」を選択することになります。

Bのこの弱みを想定したAは、合理的には「攻撃してもBはMADを発動できない(してこない)から、自分が勝つ(200)」と判断することになります。

つまり、「攻撃したA国を滅ぼすぞ」という脅しは、論理的にはただの空威張り(信憑性のない脅し)と見透かされ、先制攻撃した方が有利という結論になってしまうのです。これは、核の抑止力が抱える欠陥ということになります。

2. 抑止を成立させるための「コミットメント」

では、現実の核戦略ではどうやってこの状況を解決しているのでしょうか。それは、「自ら選択肢を捨てる(退路を断つ)」という方法です。つまり、以下のように「反撃しない」という選択肢を放棄して相手に知らせます。

コミットメント Fig.3

例えば、「敵の先制攻撃を検知したら、人間の意思に関係なく自動的に報復の核ミサイル(MAD)が発動するシステム」を構築し、これを世界に公表します。これにより、Bは「反撃しない」という本来合理的な選択肢を物理的に選べなくします。

この状態を作ることによって、Aは「攻撃すれば(Bの意思に関係なく自動で)自分も滅亡(-∞)ルートをとることになる」と理解し、合理的に「攻撃しない(A:0, B:0)」を選ぶようになります。

コミットメント Fig.4

核抑止とは、「自分が非合理的な行動(道連れの反撃)をとることを避けられない状態」をあえて人為的に作り出すことで成立している危ういシステムということになります。

3. 知財ゲーム

これに対し、差止(排他権)により相手を市場から排除する効力を有する知財ゲームをもう一度みてみましょう。

知財ゲーム Fig.5

このゲームにおいて、Aから差止請求(攻撃)を受けたBは、ためらうことなく反訴(反撃)に出ます。なぜなら、知財ゲームにおける反撃は(両者の特許権が有効であるという前提では)自己の完全な滅亡(-∞)ではなく「和解(お互いに利益を得る)」というマシな選択肢を引き出せる合理的な理由があるためです。

そしてAは、「自分が攻撃すればBは確実に反訴して結果的に和解となり、自分の利益が減ることになる」と逆算します。したがって、最初から「何もしない」を選ぶことがAにとっての最適解となります。

知財ゲーム Fig.6

4. まとめ

核兵器による抑止は、いざという時に「道連れスイッチ」を押すことが非合理的であるがゆえに、自動報復システムのような「選択肢を強制的に縛る仕組み」を必要としました。

しかし、知財(独占排他権)の場合は反訴という反撃手段が「自社の傷を浅くし、和解に持ち込むための合理的な行動」として機能するため脅しがハッタリとはならず、信憑性の高い抑止力として成立し得ます。

必須特許を持っていれば、わざわざ危険な仕掛けを作ったり不合理な脅しをかけたりする必要はありません。従って、その「排他性」という権利を保有していることが競合他社の攻撃意欲の抑制として機能します。

これが、市場のプレーヤーが知財権を取得し、十分なポートフォリオを構築すべき理由といえます。

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